石船(いわふね)神社(岩船)

 

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祭神名:島磐櫲樟船命

石船(いわふね)神社は、9世紀後半(平安時代)頃に始まったといわれています。祭神は、鳥石楠船命(とりのいわくすふねのみこと)またの名を天鳥船命(あめのとりふねのみこと)といいます。「建御雷命(たけみかずちのみこと)が、天照大神の命令で出雲(島根県地方)を平定に行き、大国主命に国を譲るように迫った。そのとき、大国主命が『我が子の事代主命(ことしろぬしのみこと)の気持ちを確かめたい。』というので、天鳥船命(あめのとりふねのみこと)が矢のように船を走らせ、事代主命(ことしろぬしのみこと)を迎えに行って出雲平定を成功させた。」といわれています。神社のご神体は、兜石(かぶといし)と呼ばれる周囲15mの巨石です。境内には、長さ6mほどの舟形の大石があって、窪みに溜まった雨水をさらってお祈りすると雨が降るといわれています。昔は、「磯下り」といって神様が那珂湊へ出かけるという神事があったそうです。また、「矢の根石」という源(八幡太郎)義家の伝説を残す大きな石もあります。

矢の根石の伝説

石船川のほとり石船神社の境内にひびが入った大きな石があります。八幡太郎義家が笠間市大橋あたりの陣営にいたときのことです。村人が「怪物を退治してください。」と、願い出ました。義家は村人の願いを聞き、岩船の地に出向き、村人の案内で怪物の棲むところに行きました。
怪物を見つけると、義家は弓をひきしぼり矢を放ちました。見事に矢は怪物に命中し、倒すことができました。
家来を走らせて調べさせると、それは巨大な石でした。その石には矢の根が深く食い込んでいたので、その後、この岩を「矢の根石」と呼ぶようになったといいます。

(引用:城里町教育委員会「城里学ぶっく」P.46)

★トイレ有

住所:茨城県東茨城郡城里町岩船606
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